ひとりごとノート。

カードワースのリプレイとかかも知れない何かアレ

劇場カンタペルメ

レティシアは苦悩していた。

覚悟ならとうに決めたはずだと思っていたのに、いざとなると震えてしまう自分が不甲斐ない。

浮かれてしまっているのだ。

自分が任された役が決まった時、うっすら期待してしまった事が、現実のものとなって。

レティシア(……そんなの、しょうがないじゃない)

誰にともなく言い訳が漏れそうになる。

でも、きっと。

私情を交えず与えられた役目を遂行する事が、自分だけができていなかった。

その事が負い目となって、今更不安を煽る。

そんな中途半端な気持ちで臨んで上手くいくのか、と。

ふと、頭に柔らかな感触が乗る。

ひゃ、と上げる悲鳴は最小限に留めながら振り返ると、そこには見慣れた笑顔。

いや、いつもより豪奢に着飾って、普段ならしない化粧までした姿は、一際格好良くて。

カリム「大丈夫だってレティちゃん。女の子はもっと笑ってた方がいいって。その方がお客さんも喜ぶだろ?何たって、今日の主役なんだから」

…………

少しくらい気の利いた台詞が言えないのかしら。

そんな気持ちが顔に出ていたのか、すぐに慌てるカリム。何か間違った事言った?と、シドに同意を求めてはとぼけられて。

そんな様子を見ていて、やっぱりおかしくなってしまった。

この人は元々こういう人だものね。仕方ないわ。

レティシア「……大丈夫よカリム。練習ならみっちりしてきたもの。やれるだけ、やってきた」

そう、言って聞かせる。負けてしまいそうな自分自身に、手抜きせず精一杯やってきた事を、改めて思い知らせる。

レティシア「それじゃ、エスコートはお願いするわね?王子様」

それだけ言って、まだ灯りが点かない闇の中へ足を踏み出す。

躓く事も何かにぶつかる事もなく辿り着いた場所で、深呼吸一つ。

目を閉じて、物語の幕が上がるのを待った。


時を戻そう。

今回ウロボロスの6人が依頼を受けて来たのは、芸術都市と名高い『ミューゼル』。

元々の依頼はこうだ。
「ライバル劇団の嫌がらせを受けて困っているから助けて欲しい」
依頼主はミューゼルの中でも上位に属するだろう劇団、名はカンタペルメ。

しかし実際に行ってみれば当の劇団は役者が引き抜きに遭っていて公演そのものが難しい状態。
そこに偶然(?)居合わせたウロボロスが役者として舞台に立つ事を求められた、というわけだ。
当初の依頼、嫌がらせの阻止も並行して。

シド(流石に劇やれって言われた事は初めてだなぁ)

冒険者とは便利屋、何でも屋のような節はある。
華やかな冒険譚とは縁遠い、失せ物探し等の地味な、しかし誰かに貢献している仕事の方が多い。
シドはウロボロスを結成する前からソロの冒険者として活動していた時期もあるが、こんな経験があるかと言われれば答えは否。メンバーは当然そうだろう。

とは言え、シドが金科玉条としているのは「受けた依頼は完遂する」というごくごく最低限、当たり前の事。
無理と決め付けていては活路は開けまい。
そうして、畑違いの仕事と知りつつこの依頼を承諾したのだった。



シド「配役は……どれどれ。ヒロインのシンディーリア。相手役の弟王子。双子の兄王子。シンディーリアの友達の娘。シンディーリアの姉。語り手……お、ちょうど6人」

長机を囲み各々が席に着いたところで台本が皆に行き渡る。配役は表紙を捲ってすぐのページに書かれていた。

語り手込みで役者は6人、ウロボロスもちょうど6人。足りないピースがご都合主義で埋まった、と喜んだ座長の気持ちもなるほどと思う。

さて、では誰がどの役をやるか。

カリム「あ、俺語り手がいい」

リセ「俺も語り手がいいです、舞台に上がらない分楽そうだし」

既にやる気がないのか「楽そうだから」という理由で挙手する前衛二人。
普段こういう時に叱咤するのはリーダーであるシドの役目なのだが、その口が開く前に別の方から声が聞こえた。

座長「楽?語り手なめるんじゃないわよ

座長だ。ただでさえゴリラいかつい風貌に加えて、自分の仕事を軽く見られて憤慨している。
リセやカリムにそんなつもりがない事はわかっているのかも知れないが、それを言葉にするかどうかは許せるか否かの境界線に繋がったのだ。

座長「いい?語り手はね、劇の始めと締めを担う重要な役よ。
勘違いしちゃダメ。劇全体の質を最も左右するのは、主役じゃない。この語り手こそがそれと言って過言じゃないわ」

バン、と台本をテーブルに叩き付けながら断言する座長。大きな音に耐性がないだろうアンバーやレティシアが身を強張らせる。

リセ(俺、やっぱり語り手いいです……)

カリム(つーかこの座長にちょっかいかける奴何者だよ)

ヤマト(おかしい、室温が2℃程下がったように感じる。センサーの不具合か?)

まあ、これで生半可な気持ちで臨む者はいなくなったと言えばそうなのだが。
それを良しとしてか怒気を引っ込めた座長は「ごめんなさいね、続けて」と身を引く。

はあ、とため息をつくシドの額にも汗が滲んでいたのに誰も気付く余裕はなかった。

シド「……希望も一応聞きはするけど、適性もあるしね。兼ね合いも考えながら決めるよ。というわけでレティシア君主役ね

レティシアえっ!!!?

おかしいな、二度見した。希望聞くって言わなかった?言ったわよね?言った次に何て言ったの???????

他のパーティがどうかは知らないが、リーダーとしてのシドは厳しい。
極端な言い方をすれば「黙って私の言う事を聞きなさい」というスタンスだ。
理に適っているかどうかは別としてその物言いがリセやアンバーの反感を買ったりもする。するのだが、

リセ「決まりですね」

ヤマト「他に適任はいないと判断する」

アンバー「あーあ、主役やりたかったですわぁ」

カリム「いいな、ピッタリじゃん」

レティシア待ってみんなちょっとは考えて!?

誰一人異議を唱えないのである。何故。
アンバーは残念なフリをしてるだけだ。

ヤマト「? シンディーリアは無欲で博愛主義の娘だ。レティシアが演じる事に何か不都合があるか?」

シド「3日で台本覚えて劇やれって話だよ?あまりに性格なんかがかけ離れた役じゃ時間が足りない。そういう意味でなるべくイメージの近い人選をするのは当然でしょう」

ヤマトはアンドロイド——古代文明の人造人間であり、シドは元々理知的な性格である。
二人に共通するのは、事実に基づいた確実な事を口にする冷静沈着さだ。
その二人に理路整然と理由を並べられて反論する材料をレティシアは持ち合わせていない。

黙ってぷるぷると震えていたが、やがて観念したように口を開いて、

レティシア「……わかった。やる、やるわよ!ここまで言われたんならやってやるわよ!」

アンバー「ふふ、レティさんその意気ですわ♪」

固めた握り拳をどんと胸にぶつけて宣言する。
いざ、という時に尻込みしない思い切りの良さはレティシアの長所だ。
なればこそ主役を任せられる、という思惑も各々にあったかも知れない。

カリム「んじゃ、主役は決まったよな。相手役は誰がやんの?リーダー?ヤマト?」

じゃあ、とごく自然な流れで次の配役について尋ねるカリム。
それ自体は間違った行動ではない。話の流れとしてそう進めるのが自然な心理だ。

だからわからなかった。

何故、それを言った次の瞬間に自分に向けられた眼差しが、こんなにも冷え切っているのか。
何故、時が止まったかのように誰も反応してくれないのか。

カリム(……え、何これ?俺何か変な事言った?言ってなくね?)

予想外の光景に思考はうまく回ってくれなかった。いくら機能したところで正解に辿り着く事はなかったろうが。
ともあれ、時が動き出す。

シド「……じゃあ弟王子、カリムで

ヤマト「ミスターカリムだな

リセ「ええ、カリムさんで

アンバー「決まりですわね♪

カリム「はあああああああああ!!!?ちょっと待っていやちょっと待って!?」

連携プレー必須の天丼を綺麗に決めたウロボロスを見て「この子達、芸人の素養もあるのかしら?」と思い始めた座長をよそにカリムは慌てふためく。

カリム「いや待って!?ほら!王子イケメンって書いてんじゃん!言いたかねえけど俺別にイケメンじゃねーし!役としてどうなの!?大丈夫!?」

カリムが頑なに固辞するのは、レティシアの相手を嫌がってではない。

まず、カリムは残念ながら女性経験がない。モテないのだ。
そんなカリムが劇とは言え、一回り近く下のうら若き乙女と結ばれる?
そんな事、心臓が耐え切れるはずがない。
モテない男子の背負った哀愁をなめてはいけない。

加えて、これはカリムなりに合理的に考えた話。
どう見てもリーダーの方がイケメンじゃん。
じゃあそっちが主役やった方が良くね?

そう考えた時に自分は王子から外れるものと思っていた矢先にこれだ。

シド「いや、私は弟王子みたいな「愛に生きる」タイプじゃないし」

ヤマト「同じく、愛という感情がそもそもわからない」

リセ「高貴だとか博愛だとかは、カリムさんに負けますので!」

アンバー「まさか、わたくしを指名なんてしませんわよね?」

逃げ道を徹底的に塞がれた。
先程のレティシアがまさにこんな気持ちなんだろうか、という諦めの境地に至り、

カリム「……しゃーねえ。わかったよ、俺でいいんだろ。ごめんなーレティちゃん、むさい王子だけどよろしくな」

レティシア「え、ええ!えっと、その、あの……よろしくお願いね!!」

こうしてメイン二人の配役が決まった瞬間にそっとシドとリセがハイタッチしたのをカリムは見逃さなかった。あんたら普段そんな仲良くねーだろ。
一方で、真っ赤になった顔を両手で隠したレティシアに気付く様子はなかった。そこに気付いたとしてその心中までは察せなかっただろうけれど。

リセ(さて、残りは兄王子、娘、姉、語り手。この中で俺ができるのは……)

思考を巡らせる。

リセは、絶対に女の役はやりたくないと思っている。

詳しい事情は後日語るとして。
女の身で生まれながら男として育てられたリセは、男らしく振る舞う事を求められ、心掛けてきた。
軍人として刀を握り、幾らもの敵を屠ってきた。
そんな自分が女の役をやる?
冗談じゃない。

リセ「リーダー殿、俺、兄王子がいいです!」

というわけで我先にと挙手して希望を伝えたのだが。

甘く見ていた。

そもそも現時点でこの男は人の希望を聞いてすらいないという事を失念して、希望を抱いてしまった。

シド「……厳しいね」

今までの二人と違って一方的に配役を決め付けはしない。が、二つ返事で頷いてもくれない。

シド「……聞きたいんだけどさ、リセ」

リセ「何でしょう?」

シド「君、芝居できるの?」

リセ「できます!馬鹿にしてるんですか!」

むっとして言い返す。
こうして人を煽るような言い方をする所が度々リセの神経を逆撫でするのだ。
わざとそういう言い回しを選ぶような節すらある。

そんなリセの心中を知ってか知らずか、シドは続ける。

シド「この前の人狼ゲームさ、リセが狼になった時即吊られたよね

リセの顔が虚無の顔になった。

あれは暇潰しにと始めた人狼ゲーム。

元々リセは正直すぎる、頭に馬鹿がつく程に。

そのリセが人狼に回った時、何というか、こう、「俺は人狼じゃありませんよ!!!!」的な圧が強すぎて。秒でバレたのだ。

シドは『人狼カードがリセだけに行き渡らない方法』がないか真面目に考えまでした。

シド「話を戻すけど、兄王子って出番多いんだよね。当然、台詞も多い。…………演技、できる?」

こうして過去の実績を挙げた上で反論された時、リセに返す言葉などありはしなかった。

ヤマト「であれば、マスターはどういう配役が最善と考える?」

言われて少し考えた後に、指が台本の上を繰り返しなぞる。配役の擦り合わせをしているらしい。
こうかな、と結論が出たらしく皆に向き直る。

シド「兄王子は私。娘はリセ、姉はヤマト、語り手はアンバー」

リセ「嫌です!!!!

ヤマト「……俺は女装になるが、似合うのか……?」

シド「その点大丈夫でしょう。ヤマトは綺麗な顔してるもの」

リセの抗議をまるで聞く気がない、とでも言わんばかりに話を進める二人。カリムやレティシアが宥めるのに必死だ。

シド「ヤマトはこの配役になったとして不満はある?それともやれる?」

ヤマト「問題ない。与えられた命令に忠実に従う」

シド「そう?ああ、ヤマトは合理的に考えてくれて嬉しいなぁ〜……」

憤懣やる方ない様子でシドを睨み付けていたリセだったが。

何か物言いたげなシドの目がこちらを見た気がした。いや、確実に目が合いましたよね。何か言って下さいよ。

リセ「……俺だってできますよ!女役だの女装だの、どうって事ありません!!」

シド「ああ、そう?良かった、リセならそう言ってくれると信じてたよ」

いやあんたが言わせてんだろ、というツッコミが多方から向けられたがシドは気付かない。
口に出さない心の声などを聞ける能力はないのだ。
実際に口にしていたら聞いてくれたのかって?それはそれ、これはこれだ。

アンバー「それにしても、せっかくの演劇……わたくしも舞台に立ちたかったですわ」

カリム「あ、それ不思議だった。アンバーちゃんが娘だとばっかり」

アンバーは抗議まではしないが、年頃の娘だ。
華やかな舞台に憧れる気持ちがないと言えば嘘になる。
むしろ、物怖じせずに主役を張れる胆力も演技力もあるだろうと皆が認める。
今回はカリムとレティシア早くくっつけという思いから主役の座を譲ったとして、だ。

シド「座長も言ってたでしょう、語り手は大事だよ。それなりに教養があって、抑揚とか感情の込め方とか、そこら辺心得てる人をそこに置きたいじゃない」

でも、とまだ不満がありそうなアンバーに対して。
シドは無言で視線を移した。

視線の先にいたのは、リセ、ヤマト。

それを確認したアンバーは黙った。

なるほど、こう言いたかったんですね。

「リセやヤマトの棒読みに劇の雰囲気任せられる?」

それを察して尚文句が出てくる程、分別を弁えない子どもではない。

アンバー「かしこまりました。では、精一杯やらせていただきますわ」

これで配役は全員決まり、と全員を見渡し。

座長「それじゃ早速読み合わせ……と行きたいところだけど、その前に。
時間がないからって基礎を怠るわけにはいかないわ。まず、発声練習から始めるわよ」

座長が全体の指揮を取りながらの稽古が始まった。

……結局最後まで誰の希望も通ってないな?
忘れてるのか、あるいは……シドの性格は元々こうだと、皆が諦めているのか。


リセ「結局自分の希望通したのリーダー殿だけじゃないですか!!」

シド「別に兄王子がやりたかったわけじゃないよ?全体のバランスと適性を見て決めたのは言った通りだし、おかしな点もないでしょう」

レティシア「確かに、これ以上の配役考えろって言われたら難しいかもね」

カリム「じゃあリーダーの希望通るなら何の役がいい?」

シド「かな」

カリム「素材イケメンの無駄遣いじゃねえか!!!!

シド「ほら、私花ならいくらでも咲かせられるし。私以上の木っていないと思うんだよね」

リセ「この人斬って俺が兄王子やっていいですか」